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荷内思考開発所

ありがちなことばでありがちなことものを考えてみる

日本のマスメディアの報道方法はなぜワイドショー化するのか~無意識のうちの親近感という戦略

ところで、最近の日本のマスメディアの報道傾向について思うことがあるので、今日はそれについて記そうと思う。

 

最近、発生生物学に関する新発見をした研究者が話題になっているが、彼女への日本のマスコミの扱いがちょっとひどいと、逆にネット上で話題になっている。(これもこれでどうかと思うが……)

 

《一晩中泣き明かした30歳若手女性研究者と書く我が国にはゴシップ新聞しかないらしい - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)》

http://wirelesswire.jp/london_wave/201401310211.htmlhttp://niiuchi.hatenablog.com/entry/2014/01/31/111820

 

 つまり、海外のマスメディアは、ちゃんと研究内容にフォーカスを当てて報道しているのに、日本のマスコミは研究者の人物像(というかむしろキャラクター)に着目して面白おかしく述べている、という批判だ。

これだけの証拠で、「海外は正当に評価する!それに比べて日本は!」という主張に持っていくにはやや強引な気もするが、まあ、少なくとも海外がどうであれ、日本のマスメディアは物事をワイドショー化して報道しようとする傾向があるのは事実だ。

海外のメディアは自国の業績をあげた人に対してそういった野次馬的なアプローチをまったくしないのかといったら、疑問が残るが、しかし、それはあくまでゴシップ誌でありエンターテイメント側の役割であり、それとは別に科学的内容を噛み砕いて興味を持たせようとする報道もちゃんと存在する。しかし、日本語圏のマスメディアの場合は、そもそも内容に対する報道のほうが機能していないということが、この件で浮き彫りにされたようだ。

 

とりわけ、特異に映ったのは、彼女が「平凡である点」をやたら強調している報道だ。

海外(とりわけ米国)の場合も業績を上げた人をピックアップすることはあるが、それはヒーロー化であり、「最初からこの人はこんなに平凡な人間だ!」という扱いをするメディアはあまり見かけない気がする。

 

◎なぜ内容をみないで人を見るか?

人間は興味関心のあることしか知ろうとしない生き物である。そして、日本のマスメディアは、視聴者は研究内容には興味を持たず、その人となりに関心を示すと無意識のうちに判断したウェイトをかけた、ということだろう。

 

その興味というのは、大まかに二種類に分けられると思っていて、

Ⅰ)自分に関係ないが、なぜか持ってしまう興味

Ⅱ)自分に身近な問題としての興味

の二種類があると思う。

 

二種類あるといったが、大体の(Ⅰ)も、まわりまわって自分に関係してくる問題だったりすることがあるので、実は大体の人間が物事に関心を持つ動機なんて、「自分に身近かどうか」がほとんどなんじゃないかと思う。

 

報道の本来の役割は、人に役に立つ情報を流すことであり、さらにそれを興味を持ってもらえるような形で流せればなおよい、というものだ。人に役に立つということは、つまりそれはその人にとって身近なことであることでもあるから、つまり、身近で興味を持たせるようなことしか報道する必要が無い、ってスタンス自体は別に普通のことである。

 

その傾向自体は、日本に限らずどの国でもそうだと思う。

つまり、その「科学的な内容」自体がすでに興味をそそり、身近な話だからこそ、海外のメディアでも大きくピックアップされたのだ。(本当は世界中で、いろんな分野で山のように研究がなされているし、その蛸壺化した分野の中で先進的な発見であっても、埋もれてしまう研究は多い。)

 

STAP細胞が身近?何の話だ?

と思った肩もいるかもしれない。でも考えてみて欲しい。これは近い将来医学に大きくかかわる研究成果である。本当は非常に身近な問題だ。

 

では、なぜ日本のマスメディアではこれほどまでに、科学的な内容ではなく、わかりやすい人物像ばかりが一人歩きして語られる傾向があるのだろうか。

 

 

◎近視眼的な親近感という戦略

 

今回の件では(本当は今回の件に限らず)、日本のマスメディアは、ある研究成果を取り上げるさい、研究内容だけを取り上げるよりも、その発見者を親近感のある人物像として重点的に描写することで、人々の注目が集まるだろうという戦略を、無意識のうちにとったといえる。

その結果、その研究の記事は「研究者の人物像はこういう人です!かわいいでしょ!」という風に描写された。

現に、賛否両論とはいえ、結果的にこれだけ視線を集められたのだから、その「キャラクター化」という表現方法は功を制したとも言える。(もちろんこれはマスメディア側や情報を受け取る側の視点であり、研究チームにとってはたまったものではないかもしれない)

(現に、彼女が遠くの外国の研究者で、外国のチームで同じ研究成果を出したとしたら、たぶん多くの日本にはこの研究成果があったことすら知られないわけだから)

 

 

 

この傾向を、以前から考えていた日本社会の傾向(トレンド)について、関連付けてみようと思う。

 

 

☆2010年代~ 『親近感』が武器になってくる時代

 

ここ近年のバラエティ番組に出てくる芸能人の傾向をみていて、ふと思ったことがある。最近売れ出す芸人には、「こうみえてもあなたと同じごく普通の人間です」ということをアピールする売り方をする人が多い。ひな壇芸人の語るトークはあくまでも等身大の人間の身近なあるあるエピソードだったりするし、最近とみに芸能界内部の上下関係事情や撮影における裏エピソードをあからさまに見せつけられることが多くなった気がする(それとも、こちらは昔からの傾向ですか?)。俺はこうみえても実はこんなに一般人と価値観が違うんだぜ!といった売り出し方をする芸人には、昭和の雰囲気を感じた若い視聴者層の反感を買い、逆に、一見奇怪な雰囲気を押し出していても、実はこんなに良識ある大人!という側面が強調される芸人は親しみの持てる人物像として、人気が出ている気がする。僕も面白く見ているが、マツコと有吉の番組などは典型的な例だろう。アイドルでいったらモモクロやAKBだってそうだ。

 

長々と書いてみたが、一言でまとめれば、今の日本人(特に若い世代)にとって、『親近感がもてるかどうか』が、興味・好感を持てるかどうかの大きな基準になっているらしい、ということだ。

 

(また、これは、先の記事↓とも関連性のある内容だ、

クリエイターのデビュー方法論~ご近所応援タイプと雲の上崇拝タイプと。 - 荷内思考開発所

 

必ずしも、親近感をもたせる人物像(キャラクター)を強調して興味を持ってもらうというやりかたがまずいわけではない。

しかし、それはなんでも使える万能の方法というわけではない。日本のマスメディアはこの部分を見落としていた。

その広報方法は非常に便利だが、本来はそう扱うべきでない「科学研究の報道」まで応用してしまった点が、今回の報道がずれてしまった本質的な問題のひとつなのだろう。

 

 

しかし、近い未来にこの生物学の実験の成果は、今度は医療というブラックボックス・パッケージングをされて、多くの人々の元へ帰ってくる。そのときになったら本当にそれは(いい意味でも悪い意味でも)「誰にとっても身近」なものになってしまう。つまり自分の人生をどう延ばすか・生きるか死ぬか、といった根本的な選択に関係してくる、非常に身近で切実なテーマなのだ。本当は。

だからこそこの研究は「報道される価値がある」と海外でも大きく取り上げられているのだが、そのことに気づけない・価値を見出せないこの国の近視眼的なメディアに対して、悲観すればいいのやら、ほほえましいのやら、複雑な気持ちになる。

 

 

 

 

 

ちなみに、話題になっている研究とは↓

体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見 | 60秒でわかるプレスリリース | 理化学研究所

 

なぜSTAP細胞は驚くべき発見なのか――STAP細胞が映し出すもの

http://synodos.jp/science/6918ww.riken.jp/pr/press/2014/20140130_1/digest/

 

 

 

(ちなみに、本文の主張とは関係ないが、僕自身は彼女の研究内容は手放しでほめていいものではないとは思っている。それは生命倫理と切り離せないテーマだからであるが、そういった類の話はまた別の機会にでも書くかもしれない。)