荷内思考開発所

ありがちなことばでありがちなことものを考えてみる

数年積んでた「短編工場」という文庫をようやく読み終わった。

数年積んでた「短編工場」という文庫をようやく読み終わった。

個人的なエンタメとしての読後感としては「陽だまりの詩(乙一)」「チヨ子(宮部みゆき)」「約束(村山由佳)」あたりが好きだったけれど、ここでは別の作品についての話を述べる。「金鵄のもとに(浅田次郎)」という作品である。

 

自分は中高~大学時代に、「壬生義士伝」「蒼穹の昴」「中原の虹」などを読んでいて、たまにエッセイ集のようなものも読んでいた。ようするにもともと浅田次郎のファンであった。そして、最近は読んでいないとはいえ、あの浅田次郎が書いた短編とは、どういうすっきりした結末を迎えるんだろうなあ。と読む前から微かな期待をしていたのである。

期待は裏切られた。

 

「金鵄のもとに」は太平洋戦争直後の混乱期の日本における帰還兵を主人公にした話で、ちょうど戦争というものに興味があった自分はふむふむと興味深くページをめくっていったわけである。

そして最後まで読み終わった後、なんだこれは、と不愉快になりながら本を閉じた。

「どう考えても間違っている」

が自分の最初の感想だった。

今風(?)なナウでヤングな言い回しに書き換えて言えば、「こんなのぜったいおかしいよ!」である。

 

あまりにも気に食わなかったので、自分の作品ではきっちりとまっとうな価値観を描くぞと意気込んでみたりもした。詳しくはネタバレになるのでふれないが、作品の根底に流れる価値観が狂っているというのが自分の感想だった。

 

話を戻すと、「短編工場」の中にあった小説のうち、「金鵄のもとに」の一つ飛んで先の位置に収録されていた「川崎船(熊谷達也)」を読んで溜飲の一部が下がった。これは同じく太平洋戦争直後の時代の東北の寒村の漁師を書いた話ではあるが、価値観が全うだった。正しくヒューマンドラマエンタテイメントをしていた。

この短編集を読んでいって、ほとんどが昭和後期~平成の時代の日本の話であるなか、いきなり飛び出てきた1940年代~1950年代を舞台にする浅田次郎氏の上述の短編は、そもそもそれだけで異質である。

そこで、文体を含めて異質だなあと思いながら上述の「金鵄のもとに」という短編だけを読むと、あの時代の日本人は狂っていた、みたいな全体化がされそうだったが、こちらの「川崎船」を組み合わせて読むと、あくまでこれはどちらも小説であるという相対化ができて救われる構成になっているとは思った。

 

それにしても、である。あの価値観が狂い切ってはいない名作を数多く記してきたはずの浅田次郎が、「なんでこのような作品を書いたのか?」

という疑問は消えることがなかった。

 

(※なんで編集部がこれを選んだのか、という疑問もあったが、それに対する答えは想像もしようがないのでそこには触れないでおく)

 

(※ところで、浅田次郎氏は、張作霖を主人公の一人にする中原の虹を執筆するにあたって、自分の父親をフィクションの中で好き勝手書かれるのは申し訳ないということで、張作霖の息子の張学良が亡くなるまで執筆をしなかったというエピソードがある。いまの擬人化ゲームコンテンツ等の無法地帯の耳元で声を出して読んでみたい日本語である)

 

そこで、作品名にてwebにて検索をかけると、どうやらこの「金鵄のもとに」は単発の短編というよりは、太平洋戦争を描いた連作短編集のうちの一つの作品らしい。

もしかしたら、ほかの作品や作品群と対比することで「価値観が狂っている」ということに価値を置いた作品なのではないかと思い至るようになった。

 

作者の価値観が狂っているわけではなく、「価値観が狂っている」ことをそれ自体を作品の価値に消化した作品なのではないか、と。まあ、憶測ではある。

 

その点に考えが及んでから、自分はある方向の作品制作に興味を抱いた。まっとうな価値観の作品と両立して対で狂っている価値観の作成することで、いっそう、味わい深い芸術群を制作する試みについてである。

 

いまはまだ、半人前なのでまっとうな価値観の作品をまっとうに作ることに精を出しているが、ちかいうち、そうした試験的な試みができると、どうやら面白くなりそうかもだと思う。

 

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