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荷内思考開発所

ありがちなことばでありがちなことものを考えてみる

個人情報を記さずに、当たり障りのないテーマを書く難しさ~3

 昨日の記事では、広義の個人情報(その人がいつ、どこに行き、何を見聞きしたか、といった日記的な情報も含む個人に関する情報)を記さないで、文章のテーマを探そうとすると、そうでない場合に比べてだいぶ制約が増えるという話をした。 

 

 それでは、そのような制約に収まっている文章としては、どのような文章が残されているだろうか?

 

 ひとまず、思いついた手段を下に羅列していく。

 

1)他の記事から、興味のある事柄を引用して、そこで提示された事柄や意見について自分の見解を述べる

2)日々感じたことを、抽象的・哲学的テーマや次元に置き換えて、語る

3)ある問題にたいして、解決策を提示する

 

  僕が思い付いたのは主にこの二種類に集約される。1つめは、よくブログやオンライン記事等で見かける、別の記事へのリンクを貼って、それについて書くタイ プの記事をはじめとし、政治等のニュースへの評価や映画のレビューまでも含むタイプの文章の書き方だ。2つめは、身体性を極力消しつつも、日々僕がどう感 じたか何を考えたか、といったものを書くタイプの文章である。いわゆる随筆的なものに近いかもしれない。3つめは、最初にある問題を提示して、こうやった ら「うまくいく!」と解決策を記すタイプの文章である。Web上では、よく、まとめ記事などで見られるタイプの文章だ(2ちゃんは除く)。

 

 さて、この中で書きつづけやすいのはどれだろうか。

 おそらく、1)なのではないかと思われる。2)は、抽象化しても読むに足りうる内容でなければならず、そういった内容を書くには、少し考える手間がかかり、毎日続けるタスクとしては少し荷が重い。また、内容面でも、必ずしも考えたこと・思いついた結論が誰にでも受け入れられるようなものではないかも知れず(平たく言えば、普通の人の倫理観から導き出される結論とは異なる内容だった場合だ)、そういう場合は、記事を書いてからWebに載せるのを躊躇してしまう気がする。そういう意味でも、当面のこのブログの趣旨と2)のスタイルが合致しているようには余り思えない。3)については、「解決策を提示する」というのは、ある種の上の立場に立ったものが下の立場のものに諭すような側面がどこまでも付きまとう行為である。僕はまだ、少なくともここでは誰かの上に立ったように教え諭す気はいので、とりあえず3)のような文章は避けようと思う。例外として、本記事のように、自分の中での問題に対して、他人目線で解決策を提示する、というタイプの文章はある。しかし、はじめに書いたとおり、僕は自分についての具体的な個人情報を記したいとは思っていないので、今後「自分の中での問題」として、提示できるトピック自体も減っていくことだろう。

 

 長くなってしまったが、とりあえず、今後はこのブログはある種のレビュー・感想提示をする記事が多めなブログになるだろう。

 

(なるだろうって書いてしまったが本当にできるんだろうか……)