荷内思考開発所

ありがちなことばでありがちなことものを考えてみる

変化を肯定するか受け入れるか、それが正しいのか。

ちょっと所用で、以前書いた文章記事やショートエッセイのようなものをかき集めることをしていたのだけれども、目で過去の文字の羅列をスキャンしながら、やっぱり人間ってどんどん変化していくんだな、と思う。書きとめてさえいなかったら、そのことにすら気付けなかった。その点、人間の開発した文字って媒体は偉大。

 

自分には経験していない恐怖や不幸を、平穏な時にあらかじめ予測しておくという癖があって、そのなかに「忘却した恐怖への予行演習」というメニューも混じっていた。

具体的に述べると、「変化する」というのは、「変化する以前」の自分にとってはある種の恐怖だったんだよね。過去形にしちゃってるけど、多分それはその時に限らず、いつでも。多分今でも。そこんとこはまだ変化してない(笑)。

 

で、過去の文章等を読み返していて、確かにすごく変わったなー と思う部分もあるんだけれども、じゃあ、それを自分が不幸かと感じているか?っていわれれば、必ずしもそうじゃない。

 

必ずしも?

 

ちょっと前までは、「そんな風に思うなんてありえない」が答えだったんだけど。

 

また感じ方が変わったね(笑)。

 

 

なるほど、ブログって有意義だ。